先々のこととか、周りの人のこととか、いろんなことを考慮して、やりたくないことでもやる。何かをやりたくても、今は我慢してやめておく。そんなことを私たちは、当たり前のように、ほとんど無自覚のうちに、日常的にやっています。でもそんなことを日常的にできるのは人間だけ。それは私たちに与えられた、ものすごい能力の一つなのです。

やりたくないことをする。やりたいことを我慢する。それができるからこそ、人間は他の生き物にはできないようなことを成し遂げてきました。それをするために必要なのが「意識の力」です。

やりたいとか、やりたくないとか。心に生じる様々な思いや感覚。それらを状況に応じて意識の力で封じ込めることができるから、人は心の欲求に反する行動をとることができるのです。何かを我慢しているとき、人間にだけ与えられた強力な「意識の力」を私たちは使っているのです。

意識の力による感覚の封じ込め。それが出来るからこそ、私たちはやりたくないという気持ちに逆らって行動したり、あるいはやりたい気持ちを抑えて自制したりすることができる。でもそのときに「封じ込められた感覚」は、ずっと心身に残ります。そしてそれが残っていると、心身の自由が制限されていきます。これが前話の「針金」に相当するものです。

「封じ込められた感覚」が意識の力によるものであれば、それを解消できるのも意識の力です。

でも、解消しようと意識的に努力しても、普通はなかなか解消できません。努力している時というのは、ある状況に対して、あらがう意識。対象となる相手をどうにかしようと、頑張っている意識状態です。そして、それこそが感覚を封じ込める意識の使い方であり、その努力をすればするほど、感覚が封じ込められていくのです。

私たちは誰でも、感覚を封じ込めて努力する癖が深く染みついています。何らかの状況に対処しようとするとき、私たちはすぐに感覚の封じ込めをすることで対応しようとしがち。しかも、それを無自覚に行っていて、そのことに気が付いていないのが普通です。

でも、自分のしていることにちゃんと気が付けば、「封じ込められた感覚」の解消は、それほど難しいことではありません。「封じ込められた感覚」は、封じ込められているだけで、封じ込めるのをやめれば、勝手に消えていくのです。

封じ込めるのをやめるには、そこに意識を向けて、そこにある感覚を改めてちゃんと感じればいい。それだけで勝手に解消されていく。原理は難しくありません。そして、それこそがマインドフルネスでやっていることなのです。

心身の状態に目を向けて、その感覚に気づいていながら、手出しをしない。価値判断しないで、ただそれを見つめ続ける。それは「変えようとするのではない。でもほったらかしにする訳でもない」という状態。これができると、封じ込められた感覚の解放が起こり、心や体は勝手に本来の状態に戻っていきます。

原理はとても簡単です。でも実践は必ずしも簡単ではありません。なぜなら、ほとんど人は、感覚を封じ込めて努力する癖が深く染みついているからです。そこから抜け出すには、自分の心身で何が起こっているかをちゃんと理解して、明確な意図を持って取り組む必要があります。その取り組みを進めていくと、ずっと見失っていた、本来の自由な自分を取り戻すことができるのです。

今までのやり方(努力して頑張る意識)も、状況によっては役に立つことがあります。でも、心身の自由を制限している針金をほどくには、従来のやり方はまったく役に立ちません。これまでのアプローチは逆効果であることに気づき、それとは180°異なるやり方を身に付けていく必要があるのです。

そんなアプローチに気が付いて、実践を始めた人から、心も体もより健康になり、より自由な生き方になっていきます。そして、そんな生き方こそ、本来の自分を取り戻す、ヨガの本質にも通じるアプローチなのです。
 


 
 
追記:「封じ込められた感覚」というのは、実は「心身に蓄積したストレス」と同じもの。つまり、ストレスを解消するには、ストレスを感じている自分の感覚をちゃんと感じればいいのです。たとえば、マインドフルネスでは、「ストレスを感じている自分を否定しないで、そんな自分をありまま受け入れましょう」と言ったりしますが、それも同じことなのです。