前話に書いた「受け入れる力」のこと。それはヨガをする上で、とてもとても大切なポイント。でも一般的には見過ごされがちなことでもあります。

ヨガの目指すところは、本来の自分を取り戻すこと。本来の自分を取り戻していく道すじは、いわゆるヒーリング的なアプローチと共通で、「許すこと」「受け入れること」「ありのままを肯定すること」などが鍵となります。

でも従来型の普通の発想は、まるっきり逆のことを良しとしています。たとえば「今の自分に満足してないで、もっと頑張ろう」「現状を打破しよう」「もっと良くなるように、自分や周りを変えていこう」などです。

今日の人類の発展は、そのような現状打破の努力の積み重ねのおかげです。たとえば、生活に必要なインフラも、たくさんの便利な機器も、すべては現状に満足しない思いがあればこそ。その思いをバネにして、頑張ってくれた先人たちのおかげで、今の私たちは快適な日々を過ごせているのです。

そのような努力や頑張りはとても尊いものです。でも今の日本は、次のステップに進むことができるところに来ています。その次のステップこそ、ありのままを受け入れていくことであり、それはヨガの目指している方向でもあります。

最近は「ありのままを受け入れる」という言葉を耳にすることが増えました。でもそれは必ずしも簡単なことではありません。私たちの中には、従来型の発想が深く染みついていて、ほとんど無自覚のうちに、現状打破のアプローチを考えてしまうものです。

たとえば、ありのままを受け入れるのが大切と言われると、ありのままを受け入れていない自分を否定し、そんな自分を変えようとしがち。それはまだまだ従来型の発想に捕らわれている状態です。

でも「ありのままを受け入れる」というのは、「今のままでいい」という訳でもありません。ありのままを受け入れることができない自分を、そのまま放っておけばいいという訳ではありません。「何もしない」のと「ありのままを受け入れる」のは、全然違うのです。

変えようとするのではない。でもほったらかしにする訳でもない。それらを両立するところに、新たな道があるのです。それはまるで禅問答のように思うかもしれません。でも、その答えの一つを今では多くの人が知っています。

それが「マインドフルネス」です。

自分の心や体の感覚に目を向ける。その感覚をただ感じとる。感覚に対して、良し悪しを判断しない。ありのままを見つめる。それがマインドフルネス。でも価値判断してしまうこともあるでしょう。価値判断している心に気づいたら、その価値判断している心を見つめます。あるいは、感覚に目を向けるのが苦手かもしれません。そのことに気づいたら、それが苦手な自分を見つめます。

そんなマインドフルネスのアプローチは、ストレスを大幅に低減してくれるし、仕事の能率アップにも繋がります。さらに脳科学的にも顕著な効果が実証されるようになったので、近年にわかに注目を浴びています。

心身の状態に目を向けて、その感覚に気づいていながら、手出しをしない。価値判断しないで、ただそれを見つめ続ける。それが「変えようとするのではない。でもほったらかしにする訳でもない」という状態です。これが出来ると、心や体は勝手に変化を始めます。それは人が頭で考えて起こす変化ではなく、本来の自分に還ろうとする自然な変化です。

たとえて言えば、従来の自分は、いろんなところに針金が巻かれ、矯正されながら育てられた植物のようなもの。そこから針金が外されて、自由になると、ほっておいても伸び伸びと育っていきます。それは努力による変化ではなく、自然な変化。がんじがらめにしていた針金を外してやれば、何もしなくても、勝手に育っていくのです。

なにかを否定する心、受け入れない心も、これまでの人生の中で、知らず知らずのうちに自分自身に巻き付けた針金の現れ。その針金を外していくプロセスこそ、ヨガであり、マインドフルネスであり、ヒーリングなのです。

ここでとても面白く、かつ興味深いのは、針金を外そうとすると、全然外れず、むしろ針金が強く巻き付いていき、逆に外そうとしないで、ただ見つめていると、勝手に針金が外れていくこと。そのカラクリは、まるで知恵の輪やパズルゲームのような感じがします。次回は、そのカラクリについて書いてみようと思います。