ヨーガスートラの原文はインド古語(サンスクリット語)で、その訳文もいろいろあります。ここでは、下記の4冊の訳文を参考にしながら、読み解いていきます。

参考書籍(番号①~④が書籍と訳文の対応を示します)
①やさしく学ぶYOGA哲学 ヨーガスートラ(向井田みお著)
②解説ヨーガ・スートラ(佐保田鶴治著)
③インテグラル・ヨーガ パタンジャリのヨーガ・スートラ(スワミ・サッチダーナンダ著)
④現代人のためのヨーガ・スートラ(グレゴール・メーレ著)

【ヨーガスートラ:1章15節】

①五感で感じることや人の話や本で聞いたことに対しても、簡単に誘惑されず、強い欲に心がとらわれていない人の心の状態をヴァイラーギャ(見極めがある状態)といいます。
②離欲とは、現に見、あるいは伝え聞いたすべての対象に対して無欲になった人のいだく、克服者たる自覚である。
③見たり聞いたりした対象への切望から自由である人の、克己の意識が離欲(ヴァイラーギヤ・無執着)である。
④離欲とは、見たり聞いたりする対象に対して欲望を持たないことを習得することである。

ポイント1
本節をごく簡単に言えば、「ヴァイラーギャとは、ありのままを受け入れる意識」ということでしょう。何らかの対象を前にしたとき、人はそれに対して「何かをしたい」と思うものです。そのような心の反応を克服して、対象をありのまま受け入れる。そのような意識状態がヴァイラーギャです。

ポイント2
「克服者」「克己の意識」などと訳されているのは「ヴァシィーカーラ」という言葉。この「ヴァシィーカーラ」が本節で一番大事なポイントでしょう。

ありのままを受け入れるというのは、決して簡単なことでありません。人は何かあると、すぐにそれに反応して、何かをしようとします。そのような心の反応を克服(ヴァシィーカーラ)したときに、初めてありのままを受け入れる状態になれます。

ありのままを受け入れるという表現は、癒し(ヒーリング)の分野でよく使われますが、それを実現するためには、心の反応を克服する必要があります。それが出来たときに初めて、マインドの働き(=心の作用)を解消することができるのです。

ポイント3
「見たり聞いたり」と訳されているのは、「ドリシュタ」「アーヌシュラヴィカ」という言葉ですが、これらは視覚と聴覚の違いを示しているのではありません。ありのまま受け入れるべき対象のうち、一つは、自分の経験に基づくこと(=ドリシュタ,五感で感じたこと)であり、もう一つは、自らの経験に基づいていないこと(=アーヌシュラヴィカ,伝え聞いたことなど)です。

マインドの働きには「自分の経験に基づく認識」と「経験に基づいていない認識」がありますが、それらの両方がヴァイラーギャの対象になるということ。それはすなわち、マインドの働きに影響することすべてが、ヴァイラーギャの対象になるということです。

ヴァイラーギャは離欲と訳されることが多いですが、欲という言葉を使うと、物欲、食欲、性欲、生存欲などの欲望を考えてしまいがち。本節の対象はそのような欲望にとどまりません。マインドの働きに影響を及ぼすあらゆることが対象であり、それらに対して何かをしようとするマインドの反応(=欲)を克服するのがヴァイラーギャです。

第1章12節から15節までの内容を簡潔にまとめると以下のようになります。

ヨガとはマインドの働き(=心の作用)を解消することであり、それはアビャーサとヴァイラーギャによって成される。

アビャーサとは、ある状態にとどまろうとする取り組みであり、ヴァイラーギャとは、対象をありのまま受け入れる意識の状態である。

つまり、対象をありのまま受け入れる意識状態にとどまることで、マインドの働きが解消されるのです。

【ここまでのまとめ(ボディ、マインド、スピリットの視点での訳)】

1章1節:これから、ヨガの解説をする。

1章2節:ヨガとは、マインドの働き(=心の作用)を解消することである。

1章3節:それができると、スピリットが本来の状態になる。

1章4節:普段は、スピリットとマインドが一体化して、区別がつかなくなっている。

1章5節:マインドの働きには、5種類あり、それらは人を悩み苦しませたり、そうでなかったりする。

1章6節:マインドの5つの働きとは「①正しい認識、②誤った認識、③言葉による概念や想像(ヴィカルパ)、④放心状態(ニドラー)、⑤感覚の保持(スムリティ)」である。

1章7節:正しい認識には「①自分の経験に基づき、その経験から直接分かったこと、②経験から類推して分かったこと、③経験に基づいたものではなく、本などから学んだこと」の3種類がある。

1章8節:誤った認識とは、何かを誤って解釈したことによる、正しくない理解である。

1章9節:実際には存在していなくても、言葉で理解して想像する。それがヴィカルパ(言葉による概念や想像)である。

1章10節:ニドラー(放心状態)は、何かに依存していて、想念が生まれない状態である。

1章11節:スムリティ(感覚の保持)は、何かを経験して感じたことが、消えることなく残存することである。

1章12節:マインドの働き(=心の作用)は、アビャーサとヴァイラーギャによって解消される。

1章13節:アビャーサは、ある状態にとどまろうとする取り組みを、繰り返し行うことである。

1章14節:その状態は、時間をかけて、中断することなく、意識を向けて、繰り返し実践することで、確固たる境地となる。

1章15節:自ら経験したことに対して、あるいは、自らは経験せずに伝え聞いたりしたことに対して、何かをしたいという欲求を克服して、対象をありのまま受け入れる。そのような意識がヴァイラーギャである。