ヨーガスートラの原文はインド古語(サンスクリット語)で、その訳文もいろいろあります。ここでは、下記の4冊の訳文を参考にしながら、読み解いていきます。

参考書籍(番号①~④が書籍と訳文の対応を示します)
①やさしく学ぶYOGA哲学 ヨーガスートラ(向井田みお著)
②解説ヨーガ・スートラ(佐保田鶴治著)
③インテグラル・ヨーガ パタンジャリのヨーガ・スートラ(スワミ・サッチダーナンダ著)
④現代人のためのヨーガ・スートラ(グレゴール・メーレ著)

【ヨーガスートラ:1章11節】

①以前に経験したことの対象が、失われずに心に残る考えがスムルティ(記憶)です。
②記憶とは、かつて経験した対境が失われていないことである。
③過去に経験し今も忘れられていないものを対象とする作用が意識に戻ってくるとき、それが記憶である。
④記憶とは、過去に経験した対象が心の中に保たれることである。

ポイント1
マインドの5つの働き「①正しい認識、②誤った認識、③(言葉による)概念や想像、④放心状態、⑤記憶」のうち、「⑤記憶=スムリティ」についての説明です。

スムリティは、記憶と訳するのが一般的で、上にあげたすべての訳を簡単にまとめると「以前に経験したことが心に残るのが記憶」ということでしょう。

ポイント2
しかしながら、前節のニドラーと同じで、「スムリティ=記憶」という観念にとらわれずに、このスートラをスムリティの説明として素直に読むと、全然違う訳が見えてきます。

スートラの文言を素直に訳すと「経験する、その感覚、残存する、それがスムリティ」という感じです。これは、心の働きを理解している人ならば、ピンとくる話でしょう。

それはつまり「心が何かを感じたとき、その感覚を我慢するといつまでも残る。感覚を受け入れると、それは消えていく」ということ。たとえば、怒りを感じたとき、その感覚を我慢して封じ込めると、その怒りはずっと残る。一方、怒りを感じている自分を受け入れて、その怒りをちゃんと感じると、それは消えていく。このような心の働きは、「ヨガの道しるべ」でも、繰り返し説明しています。

ポイント3
このスートラは一般的な記憶の説明ではなく、「心には感覚を封じ込めて残存させる作用がある」ということを説明していると理解すべきでしょう。すると、スムリティの訳として「記憶」という言葉は、適切とは言えません。(ヨーガスートラを読み進めていくに従って理解が変わるかもしれませんが)とりあえずここからは、心の5番目の働きのスムリティは「感覚の保持」として読み進めていくことにします。

ポイント4
1章7節から11節まで、心の5つの作用の説明ですが、忘れてはいけないのは、これらはすべて止滅させていくべき対象であるということ。心の作用(=マインドの働き)を無くしていくのがヨガであり、スムリティも止滅させていくべき対象なのです。

【ここまでのまとめ(ボディ、マインド、スピリットの視点での訳)】

1章1節:これから、ヨガの解説をする。

1章2節:マインドの働きを抑えていくのがヨガである。

1章3節:それができると、スピリットが本来の状態になる。

1章4節:普段は、スピリットとマインドが一体化して、区別がつかなくなっている。

1章5節:マインドの働きには、5種類あり、それらは人を悩み苦しませたり、そうでなかったりする。

1章6節:マインドの5つの働きとは「①正しい認識、②誤った認識、③(言葉による)概念や想像、④放心状態、⑤感覚の保持」である。

1章7節:正しい認識には「①自分の経験に基づき、その経験から直接分かったこと、②経験から類推して分かったこと、③経験に基づいたものではなく、本などから学んだこと」の3種類がある。

1章8節:誤った認識とは、何かを誤って解釈したことによる、正しくない理解である。

1章9節:実際には存在していなくても、言葉で理解して想像する。それがヴィカルパ。すわわち、言葉による概念や想像である。

1章10節:ニドラー(放心状態)は、何かに依存していて、想念が生まれない状態である。

1章11節:スムリティ(感覚の保持)は、何かを経験して感じたことが、消えることなく残存することである。