
*** AIによる解説 ***
原文:
अनित्याशुचिदुःखानात्मसु नित्यशुचिसुखात्मख्यातिरविद्या॥५॥
読み方:
アニッティヤーシュチドゥッカーナートマス ニッティヤシュチスカートマキャーティラヴィディヤー
英訳:
Ignorance (Avidya) is perceiving the non-eternal as eternal, the impure as pure, suffering as happiness, and the non-self as the self.
和訳:
無知(アヴィディヤ)とは、無常なものを永遠のものと誤解し、不浄なものを清浄なものと誤解し、苦しみを幸福と誤解し、非自己(アートマンではないもの)を自己(アートマン)と誤解することである。
各単語の日本語での意味:
अनित्य (Anitya) : 無常な、永遠ではない
अशुचि (Ashuchi) : 不浄な、汚れた
दुःख (Duhkha) : 苦しみ
अनात्म (Anātma) : 非自己(真の自己でないもの)
नित्य (Nitya) : 永遠のもの
शुचि (Shuchi) : 清浄な、純粋な
सुख (Sukha) : 幸福
आत्म (Ātma) : 真の自己(アートマン)
ख्याति (Khyāti) : 認識、知覚
अविद्या (Avidyā) :無知、誤った認識
解説:
この節は、ヨーガ哲学における「無知(アヴィディヤ)」の本質を説明しています。アヴィディヤとは、物事を正しく理解できない状態を指し、以下の4つの誤認がその特徴とされています。
1.常を永遠と誤認する
私たちは物質的なものや肉体を永遠だと考えますが、実際にはすべて無常です。例えば、お金や地位に執着するのは、それらを恒久的なものと誤解しているからです。
2.不浄を清浄と誤認する
身体や外見の美しさに価値を置きますが、肉体は老化し、死とともに崩壊します。本質的には不浄なものを、清浄なものだと考える誤認です。
3.苦を楽と誤認する
世俗的な快楽を幸福と考えますが、執着や欲望に基づいた楽しみは、一時的なものであり、最終的には苦しみを生みます。
4.非自己を自己と誤認する
私たちは「私」という概念を身体や心(エゴ)に結びつけますが、ヨーガの教えでは、本当の自己(アートマン)はそれらを超越した存在であり、物質的なものではないとされています。
この無知が、私たちの苦しみの根本原因であり、ヨーガの修行によって真実を理解し、無知を取り除くことが重要であると説かれています。
*** ここまではAIによる解説。以下はそれを踏まえての解釈です ***

原文を各単語にばらしてみると、下記のようになります。
「アニッティヤ(永遠ではないもの)、アシュチ(不純なもの)、ドゥッカ(苦しみ)、アナートマス (自己の本質でないもの)」
「ニッティヤ(永遠のもの)、シュチ(純粋なもの)、スカ(安楽)、アートマ(自己の本質)」
「キャーティラ(物の見方、視点、認識など)、アヴィディヤ(無知、誤った認識)」
最初の4単語と、次の4単語が対比するように書かれています。そして、それらの認識を誤っているのがアヴィディヤ(無知)である、ということです。
AIの訳では、最初の4単語と次の4単語をそれぞれ個別に対比させています。つまり「無常なものを永遠のものと誤解」のように、対比するものを逆に認識しているのがアヴィディヤ(無知)であると解釈しています。従来の解釈では、そのように各語を対比させて解釈するのが一般的です。
しかしながら、原文ではそれらを単に羅列しているだけで、「逆に認識している」という意味合いのことは書かれていません。単に「誤って認識している」というのと、「それぞれを逆に認識している」というのでは、少し意味合いが異なります。そのことを加味して、原文をより忠実に訳すと以下のようになります。
永遠ではないもの、不純なもの、苦しみ、自己の本質でないもの。永遠なるもの、純粋なもの、安楽、自己の本質。それらについて、誤って認識しているのがアヴィディヤ(無知)である。
このように訳すと、「永遠ではないもの、不純なもの、苦しみ、自己の本質でないもの」もあれば、「永遠なるもの、純粋なもの、安楽、自己の本質」もあるということになります。そして、それらについて正しく認識していないのがアヴィディヤ(無知)であり、そのような誤った認識が、もろもろのクレーシャ(苦悩や煩悩)の源になるのです。

ヨーガスートラ第2章(本節までの訳)
第1節:タパス(肉体を浄化して整えること)、スヴァーディヤーヤ (知的な理解を深めること)、イーシュワラ プラニダーナ(神に委ねること)。それらの実践によりヨガを成し遂げることができる。
第2節:
その目的は、サマーディの状態に至るとともに、クレーシャ(苦悩や煩悩)を弱めていくことである。
第3節:
アヴィディヤ(無知)、アスミタ(我執)、ラーガ(執着)、ドヴェーシャ(嫌悪)、アビニヴェーシャ(生命への固執)が、クレーシャ(苦悩や煩悩)の源である。
第4節:
アヴィディヤ(無知)は、他のクレーシャ(苦悩や煩悩)のもととなる。眠りに落ちているかのようにもろく弱く、高貴なものとの繋がりが断たれている状態である。
第5節:
永遠ではないもの、不純なもの、苦しみ、自己の本質でないもの。永遠なるもの、純粋なもの、安楽、自己の本質。それらについて、誤って認識しているのがアヴィディヤ(無知)である。