ヨガの道の話 Vol.43 自分のしていることに気づこう! 楽すぎてもダメ、頑張りすぎてもダメ。ちょうどいいところを見つけるのが大切。前話では、そんな中道について書きました。中道が良いというのは、あえて言うまでもないほど、当たり前のこと。でも、その道を常に実践するのは、とても難しいことです。 中道を行く感覚は、ハサミやカッターを使わずに、手で紙を切るときの感覚に似ています。 紙...
ヨガの道の話 Vol.42 アーサナは人生の現れ 快適ではないことを我慢して頑張っておこなう修行は、ワンネスから遠ざかる行為。梵我一如に向かう成長を促したいならば、いかに快適に行なうかがポイントであり、愛や喜びを感じることこそが、魂の成長を促す本当の修行です。 ヨガのポーズ(アーサナ)をするときも、そのような視点を忘れないでください。アーサナをするとき、人はついつい頑...
ヨガの道の話 Vol.41 魂に栄養をあげよう! 梵我一如に向かう成長を意識的に促す取り組み。それが本来のヨガのあり方です。 私たちの魂は、肉体をまとい、様々な経験をしています。何度何度も生まれ変わりを繰り返し、たくさんの経験をする中で、少しずつ魂を成長させていく。経験こそが魂の栄養。そして、たっぷりと栄養を得て、充分に成長した暁に、やがて梵我一如の花を咲かせるときが...
ヨガの道の話 Vol.40 オンラインでのヨガレッスンのこと (今回はいつもと違って、最近の取り組みや、それによる気づきについてのお話です) 新型コロナウイルスの影響で外出自粛が続く中、スタジオや教室で一緒にヨガができなくなりました。 でももちろん、ヨガは家で一人でできます。ヨガマットが敷けるほどのスペースがあれば十分。特別な道具も要らない。ただ体と心を感じて、淡々ポーズをしてい...
ヨガの道の話 Vol.39 意識的な魂の成長 前話で「ありのままを受け入れることで成長が促される」と書きましたが、そもそも「成長」とはどういうことなのでしょう? 仏教的な表現で言えば「梵我一如」に近づいていくこと。それが「魂の成長」です。 「梵」は、あらゆるもの全て(神的存在)であり、ヨガの表現で言えばブラフマン。「我」は個々の人間に宿る魂的存在であり、ヨガの表現...
ヨガの道の話 Vol.38 瞑想とヒーリングと愛の力について マインドフルネスの瞑想のポイントは、ありのままを観察し、受け入れること。そして、ありのままを受け入れる力は、筋力などと同じで、意識してトレーニングすることで育まれていくものです。 ありのままを受け入れることは、決して簡単なことではありません。例えば、子育てを想像してみてください。子供がなにか悪さをしている。そのことに気...
ヨガの道の話 Vol.37 トレーニングとしての瞑想について 前話で説明したように、私たちの日常の行動の大半は雑念に基づいています。でも普段はまったくそのことに気づいていない。雑念に基づいた日常の行動を、自分が意識的に考えたことだと思って日々を過ごしています。そして普通は、そのまま一生を終えていくものです。 私の場合、意識的に生きることが大切であるということ、昔から何度も耳にして...
ヨガの道の話 Vol.36 意識的に生きる 今この瞬間に自分が感じていることに気づき、それをありのまま、意識的にしっかりと感じること。そのような視点を持つことの意義は、「マインドフルネス」がメディアで取り上げられるようになって、多くの人が理解するようになってきました。でも、そのような視点は、ヨガをするならば当たり前に必須のことなのです。 ヨガは「いろいろなポーズ...
ヨガの道の話 Vol.35 スピリットの視点になろう! 前話にも取り上げたように、ヨーガスートラには「ヨガとは心の作用を止滅することである」の後、「心の作用が止滅されたとき、純粋観照者たる真我は、自己本来の状態にとどまることになる」「その他の場合にあっては、真我は、心のいろいろな作用に同化した状態になっている」と書かれています。 このことを理解する上では、ボディ・マインド・...
ヨガの道の話 Vol.34 体操してる? ヨガしてる? 前話の「意識の働き」のことが分かると、ヨーガスートラ(ヨガの経典)にあるヨガの定義「ヨガとは心の作用を止滅することである」が、すんなりと理解できます。意識の力で、心身の不要な働きを消していくのがヨガなのです。 現代のヨガは、アーサナと呼ばれるポーズをとることがメインで、エクササイズ的なものになっています。一方、もともと...