欠伸(あくび)を何のためにするのか、欠伸をしているときに体内で何が起こっているのか、科学的には解明されていません。しかし、長い時間をかけて進化してきた動物が欠伸の機能をもっているからには、そこには何らかの役割があるはず。そんな欠伸についての一考察です。少し長いですが、最後まで読むと欠伸に対する見方が変わると思います。

欠伸は人間だけでなく、「脊椎動物」であれば、どの動物もします。

脊椎動物は、5億年以上前に誕生したと言われていますが、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類と進化しても、欠伸はずっと受け継がれています。したがって、脊椎動物にとって、欠伸が欠かすことの出来ない重要な生理作用であることは明らかでしょう。

また、2021年に発表された論文(参考文献1,2)によると、「大きな脳をもつ動物ほど、欠伸の持続時間が長くなる」という傾向があります。このことから、欠伸には脳の働きと何らかの関係があり、脳が極端に大きい哺乳類である人間は、他の動物以上に欠伸が必要であることが分かります。

さらに興味深いのは、101種類の動物(哺乳類55種、鳥類46種)の欠伸を調べた中で、1種類だけ、脳の大きさの割に、欠伸の時間がとても長い動物がいました。それはハダカデバネズミ。ハダカデバネズミは、手のひらに乗る位の小さなネズミです。それぐらいのサイズのネズミの寿命は、だいたい3年位が普通ですが、ハダカデバネズミはその10倍も長生きします。老化が極端に遅く、癌にもほとんどならず、飼育下では37年以上も生きている個体がいます。このことからも、たくさんの欠伸は健康長寿につながることが予想できます。

【参考文献1】
つくばサイエンスニュース・わかる科学・大きな脳をもつ動物ほど、あくびが長くなる!?

【参考文献2】
Brain size and neuron numbers drive differences in yawn duration across mammals and birds.

欠伸の目的は解明されていません。

多くの人は、欠伸は「酸素不足を補うため」と思っているかもしれません。しかし、この説は否定されています。欠伸をしても、体内に取り入れられる空気の量は通常の呼吸と比べてさほど変わりなく、血中の酸素濃度も上昇しません。また、羊水の中の胎児や、水中のイルカも欠伸をします。したがって、酸素を取り入れることが欠伸の目的とは考えられません。

現在、欠伸の目的として最も支持されているのは「脳に流れる血液を冷やして、脳の温度を調整するため(脳冷却仮説)」のようです。ただし、これも立証されている訳ではありません。もし、脳の冷却が目的ならば、風邪などで熱があるときに、頻繁に欠伸をかきそうだけど、実際はそうではありません。

また、コンピュータのCPUや、車のエンジンなどと同じで、神経細胞が活発に活動している時に脳の温度が上昇するので、そのようなときにこそ、温度を下げるべきでしょう。つまり、脳の冷却が目的ならば、頭をフルに使っているような時にこそ、欠伸をたくさんするべきです。でも実際には逆で、どちらかというと、退屈なときにこそ欠伸がでやすい。したがって、脳の温度を下げるのが欠伸の目的とは考えにくいです。

「意識をはっきりさせるため」という説もあります。欠伸をしている人の脳を調べると、覚醒時(脳が目覚めて活発な状態)と同様な活動パターンがみられます。したがって、睡眠不足、疲労、眠気などを感じた時に、脳を覚醒状態にするためのきっかけが欠伸なのかもしれません。欠伸をすることで、意識がクリアになるのは経験的事実と一致します。しかしながら、なぜ意識が覚醒状態になるのかは分かっておらず、説としては根拠に欠けていると言わざる得ないでしょう。

脳には老廃物の処理システム(グリンファティックシステム,Glymphatic System)があります。

脳は頭蓋骨の中で、脳脊髄液と呼ばれる無色透明な液体に包み込まれています。脳脊髄液は、老廃物の排出など、脳の新陳代謝に重要な役割を果たしています。脳脊髄液は脳室で作り出され、深部から脳表へと循環し、古くなった脳脊髄液は、脳表の静脈へと排出されます。この脳脊髄液の循環によって、脳は「水洗い」され、老廃物が除去されます。このような脳のシステムのことを「グリンファティックシステム」と呼び、グリンファティックシステムは、特に睡眠時に活発に働くことが分かっています。

グリンファティックシステムはとても重要です。

アルツハイマー型認知症の患者の脳には、アミロイドβと呼ばれるタンパク質が蓄積しています。このアミロイドβをためないようにすることが、認知症対策に有効だと考えられており、そのためには、グリンファティックシステムを正常に働かせる必要があります。

つまり、認知症になりたくないならば「脳の掃除機能をちゃんと働かせて、脳にゴミがたまらないようにすること」が必要で、そのためには、まずはしっかりと睡眠をとることが大切です。

異常なタンパク質の蓄積は、アミロイドβだけではありません。レビー小体型認知症、パーキンソン病、多系統萎縮症などの難病においても、異常なタンパク質(レビー小体、αシヌクレインなど)の蓄積がみられます。このようなタンパク質の蓄積がなぜ起こるのか、いまだに原因は不明です。それを除去する方法も確立されていません。

このように「脳内にゴミがたまる難病」があって、現在のところ、その原因(なぜゴミがたまってしまうのか?)は分かっておらず、治療方法も確立されていません。しかし、グリンファティックシステムを十分に機能させ、異常なタンパク質の排泄を促すことができれば、症状の改善がみられるかもしれません。

欠伸の目的は、脳脊髄液の分泌と循環を促すため?(脳脊髄液循環仮説)

欠伸をすると涙が出るように、頭の中では脳脊髄液の分泌が促されているのかもしれません。また、血液やリンパ液の流れが、筋肉の動き(筋ポンプ作用)によって促されるように、頭や首の周辺を大きく動かす欠伸の動作は、脳脊髄液の循環を促しているのかもしれません。ここでは、この仮説を欠伸の「脳脊髄液循環仮説」と呼ぶこととします。

脳脊髄液循環仮説では、欠伸はグリンファティックシステムの一端を担っていると考えます。

脳冷却仮説のところで言及しましたが、欠伸は頭をフルに使っているような時ではなく、退屈なときにこそ出やすいのが普通です。このことは、脳の掃除のために欠伸をしているのであれば、つじつまが合います。掃除は忙しい時ではなく、余裕があるときにするものであり、グリンファティックシステムは睡眠時に活性化します。眠る前(=これからグリンファティックシステムが活性化するとき)に、特に欠伸が出やすいのも、欠伸がグリンファティックシステムの一端を担っていると考えると納得できます。

前述したように、欠伸の目的は「意識をはっきりさせるため」という説がありますが、欠伸によって脳の掃除が促されると考えると、欠伸によって意識がはっきりするのも理解できます。また、大きな脳をもつ動物ほど、欠伸の持続時間が長くなるということも、脳脊髄液循環仮説を支持するデータと言えるでしょう。

ちなみに、脳脊髄液減少症と診断された方が、やたらと欠伸が出るようになったという体験記もあります。これも、欠伸には脳脊髄液を補う働きがあると考えると、つじつまが合います。(「脳脊髄液減少症 とまらない生あくび」で検索してみてください )

欠伸を我慢していたら、どうなる?

欠伸は脊椎動物に必須の生理作用であることは間違いないでしょう。人間以外の動物を観察すると、脳が大きくなるに従って、欠伸の時間は長くなっています。脳が極端に大きい哺乳類である人間は、他の動物以上に欠伸が必要なはず。それなのに、人間は欠伸を我慢して、抑え込むことが多い。それは動物として、とても不自然なことです。

欠伸をしたいのに、我慢して抑え込んで、欠伸をしないようにする。そんなことを数十年にわたって続けていたら、脳に何らかの問題が生じても不思議ではありません。もし欠伸がグリンファティックシステムの一端を担っているとしたら、脳に老廃物が蓄積するでしょう。

つまり、脳内にゴミがたまって起こる難病は「欠伸を我慢する生活習慣が大きな原因」で、有効な対策は「積極的にたくさん欠伸をすること」なのかもしれません。

脊椎動物であるならば、そして脳を健康に保ちたいのであれば、欠伸は積極的にすべきことです。欠伸を我慢するのが習慣になっている人と、積極的に欠伸をしている人。数十年単位で考えたとき、どちらの脳がより健康になりやすいかは、容易に想像できることでしょう。

欠伸の出し方

ほとんどの人は、欠伸を我慢することが多すぎて、欠伸が出にくい体になってしまっています。その場合は、一人でのんびりできる時間を作り、できるだけリラックスして、口を開けて、ポカーンとしてみてください。そのまましばらく待っていると、欠伸が出ます。口を開けてポカーンとする時間、最初は数分以上かかるかもしれませんが、根気よくポカーンとしてみてください。

私は毎日、お風呂で半身浴をしながら、ポカーンとして、欠伸を誘発するようにしています。最初は、だいぶ時間がかかりましたが、今では数秒で欠伸が出るようになりました。だいぶ欠伸が出やすくなったので、入浴時はもちろん、日中もできる限りたくさん欠伸をするようにしています。(うちには猫がいて、よく欠伸をしています。私の脳はたぶん猫より大きいので、少なくとも猫よりはたくさん欠伸をするように心がけています)

欠伸と脳の働きに、どれくらい関係があるのか、まだまだ検証されていないことだらけです。でも私は、欠伸は本当に本当に大切な身体機能であり、欠伸を我慢することは、人間の悪しき慣習の一つだと考えています。とりあえず、お金は一切かからないし、誰でもできることなので、もし本文を読んで納得したことがあれば、ぜひとも積極的に欠伸をしてみてください。この文書を読んでくださった方の脳が、より健康になることを切に願っています。

 

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《参考情報》
従来、脳脊髄液の動きを観察することは難しかったようですが、近年では、その観察方法についてもだいぶ研究が進んでいるようで、2023年2月には下記のような論文も出ています。可能であるならば、欠伸をしているときの脳脊髄液の動態を調べて欲しいものです。

位相分散を用いた呼吸性運動による脳脊髄液動態の可視化
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrt/advpub/0/advpub_2023-1324/_pdf

 

《追記》(2023年11月23日)
カイロプラクティックやオステオパシーでは、脳脊髄液の循環を「一次呼吸」と呼び、肺での呼吸を「二次呼吸」と呼びます。脳脊髄液の循環は、胎児の段階でもありますが、肺での呼吸は出産してからスタートします。だから、脳脊髄液の循環が先にありき(一次呼吸)で、肺での呼吸はその次(二次呼吸)という訳です。

この順序は、脊椎動物の進化のプロセスでも同じ。魚類の頃は一次呼吸だけで、だいぶ進化してから、二次呼吸を行うようになります。そして欠伸は、二次呼吸をしない魚類の段階からしています。したがって、欠伸と深く関わりがあるのは、二次呼吸ではなく一次呼吸である、と考えるのはごく自然な発想でしょう。

カイロプラクティックやオステオパシーでは、一次呼吸(脳脊髄液の循環)の状態をとても重要視しています。頭蓋仙骨療法によって一次呼吸を整えることで、自律神経系、中枢神経系、運動器系の状態が改善され、自己治癒力や免疫力などが向上すると考えられています。欠伸が一次呼吸と関わりあるならば、たくさん欠伸をすることで、頭蓋仙骨療法と同様な効果が得られるかもしれません。