ヨーガスートラの原文はインド古語(サンスクリット語)で、その訳文もいろいろあります。ここでは、下記の4冊の訳文を参考にしながら、読み解いていきます。
参考書籍(番号①~④が書籍と訳文の対応を示します)
①やさしく学ぶYOGA哲学 ヨーガスートラ(向井田みお著)
②解説ヨーガ・スートラ(佐保田鶴治著)
③インテグラル・ヨーガ パタンジャリのヨーガ・スートラ(スワミ・サッチダーナンダ著)
④現代人のためのヨーガ・スートラ(グレゴール・メーレ著)
【ヨーガスートラ:1章7節】
①プラッティヤクシャ(知覚)、アムマーナ(推測)、アーガマ(聖典や経典)が正しい知識を知るためのプラマーナ(知るプロセス)です。
②正知とは、(1)直接経験による知識 (2)推理による知識 (3)聖教に基づく知識の三種である。
③正知のよりどころは、直接的知覚、推理、および聖典の証言である。
④正しい認識とは、直接の知覚と推論と聖典の証言から成る。
ポイント1
本節からは、マインドの5つの働き「①正しい認識、②誤った認識、③(言葉による)概念や想像、④睡眠、⑤記憶」の説明で、本節は「①正しい認識」についてです。
ポイント2
正しい認識には、自分の経験に基づくものと、そうでないものがあります。そして、自分の経験に基づくものは、経験から直接分かることと、経験から類推して分かることがあります。つまり、正しい認識には3つのパターンがあり、それらは「①自分の経験に基づき、その経験から直接分かること」と「②経験から類推して分かること」と「③経験に基づかないもの(=本などから学んだこと)」です。
ポイント3
訳文では、スートラの中の「アーガマ」という言葉が、聖典、聖教、経典などと訳されています。そのように訳されると、何か特定の文書を指すように思いがちですが、スートラの中にはそのような説明はありません。本節は、正しい認識の拠り所の説明であり、ここでのアーガマは単に「本などに書かれている正しい知識」と捉えるべきでしょう。
【ヨーガスートラ:1章8節】
①ヴィパルヤヤ(間違った知識)とは、ある物の本質をとらえずに決めつけた間違った結論が原因となります。
②誤謬とは、対象の実態に基づいていない不正な知識のことである。
③誤解は、あるものに対する知識が、その実態に基づいていないときに、起こる。
④誤った認識とは、対象への誤った像(イメージ)を投影することである。
ポイント1
マインドの5つの働き「①正しい認識、②誤った認識、③(言葉による)概念や想像、④睡眠、⑤記憶」のうち、「②誤った認識」についての説明です。
ポイント2
物事を自分勝手に解釈して、本来のものとは違うように理解したときに、誤った認識が生じます。たとえば、何かを見聞きしたときに、それをありのまま受け取らずに、固定観念などのフィルタを通して、自己流に解釈して理解すると、誤った認識となります。(そんなことを私たちは日常的にやっています。しかも、ほとんどの場合、そのことに全然気づいていません)
ポイント3
マインドは、出来事をありのまま受け入れるのが苦手。出来事を解釈して受け取るクセがあります。マインドの働きを理解するとき、私たちは日頃ありのままを見ていないことに気づくのはとても大切。それがちゃんと理解できると、ありのままを見ようとする意識的な取り組み(=マインドフルネス)の重要性が分かってきます。
【ここまでのまとめ(ボディ、マインド、スピリットの視点での訳)】
1章1節:これから、ヨガの解説をする。
1章2節:マインドの働きを抑えていくのがヨガである。
1章3節:それができると、スピリットが本来の状態になる。
1章4節:普段は、スピリットとマインドが一体化して、区別がつかなくなっている。
1章5節:マインドの働きには、5種類あり、それらは人を悩み苦しませたり、そうでなかったりする。
1章6節:マインドの5つの働きとは「①正しい認識、②誤った認識、③(言葉による)概念や想像、④睡眠、⑤記憶」である。
1章7節:正しい認識には「①自分の経験に基づき、その経験から直接分かったこと、②経験から類推して分かったこと、③経験に基づいたものではなく、本などから学んだこと」の3種類がある。
1章8節:誤った認識とは、何かを誤って解釈したことによる、正しくない理解である。